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湯浅誠さんに会って [雑感]

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3月も下旬。まだ寒さは残りますが、「春」ですね。

2010年3月15日(月)、元・年越し派遣村の村長で知られる湯浅誠さん(40)の講演会を企画担当しました。10代から80代までの老若男女230人が参加し、経済・福祉の困窮に対する関心の高さが、この岩手県でもハッキリあることを感じることができました。

湯浅さんは学生時代から野宿生活者の賃貸保証人になるなどの支援活動をおこなってきた実践家です。 彼がどんな人であるか、それは彼の本や講演を聞いただけで分かるものではありませんし、知りえることはないと思いますが、人がやらないことを進んでおこなう行動力やモノを書く力、話す力を存分に発揮して働く姿にはとても感服しました。あまり沢山お話できませんでしたが、気さくな感じの方でした。忙しい中、ボランティアの方たちにも快く接している姿が印象的でした。すらりとして髪の毛のキレイな、でもタフな男性だなぁと思いました。

さて、ここからはちょっとうだうだと書きます。

「貧困」という言葉は、確かに長い間、日本社会では“死語”になっていたかもしれません。しかし、私自身がふり返ってみると、2001年の春に福祉国家のカナダ(バンクーバー)を単身渡航した際、目に見える形で明確に「先進国の貧困」を意識せざるえませんでした。「日本にも必ず来る」と確信して帰ったものです。だから、今の現状を実は驚いてません。

「ホームレス」も、今にある問題ではなく、それはずっと昔からあったのです。湯浅さんは1995年から野宿生活者の支援活動をされていたとのことですが、私はその頃、仙台の夜間大学生で、大学の社会福祉研究所でアルバイトをしながら暮らしていました。商店街に、ヘルメットをかぶったホームレスの男性がいつも大きな犬と姿をみせていました。私は丸善や金光堂に行くたび、彼の姿を横目でみて通り過ぎていましたが、数年後に男性の姿がみえなくなりました。亡くなって、保健所に連れて行かれた犬も後を追うように死んだと地元新聞で読みました。その時私は初めて彼が家族と離別し、北海道から流れてきた人であることを知りました。「みてみぬふり・・・」私は自分や人びとの、社会の冷たさを痛感しました。当時、仙台市の教会では、いのちの電話が“自殺学”の研究者をカナダから招いた講演会を開いていました。「自殺学とは何か?」研究所に届いた優待券を手に1人出掛けたことを今でも鮮明に覚えています。これが90年代半ばのお話です。

湯浅さんの言う通り、90年代半ば以降、急激にホームレスの人口が増えた。人びとが、社会がみてみぬふりをしてきた問題が可視化されたというよりも、そうせざるをえないほどひどい状況に追い込まれてしまったから。

思えばあの頃から、大学には福祉学部が増え始めていました。もともと経済学部がおかれていた福祉の研究は特化され、学者や福祉分野の有資格者を増やしてきたのです。ところがそれに反比例するかのように日本は貧困大国になっていた。おかしいですね。なぜでしょう。

今、湯浅さんのような反貧困活動家、そして清水さんのような自殺対策活動家の男性たちが、政府にも働きかけたり精力的な仕事をしています。仲間を増やし、頑張っている・・・。頼もしいですね。女性たちも見えないところで頑張っていることと思います。私は少し、「ジェンダーと福祉」の本を復習しようと思う今日この頃です。。。


湯浅誠さんの活動

岩盤を穿(うが)つ

岩盤を穿(うが)つ

  • 作者: 湯浅 誠
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2009/11/11
  • メディア: 単行本


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