根菜屋(こんさいや) [FOOD]
夜遊びの続きです。
何を思ったのか、演劇をみてなお、まっすぐ帰らず、 以前から探せずにいたお店をみつけよう!と思い立ちました。夜は人通りも少なく、道行く人の邪魔にならず探索できる絶好のチャンスです。車の速度を落として細い道をゆっくり走っていると、なんとラッキーでしょう!とうとう、みつけました!
おでん、居酒屋の「根菜屋」(こんさいや)さん
生前、父が親しくしていた弁護士さんのご子息がお店をやっていると聞いたことがありました。その方のお店なのです。私の父は40歳を過ぎてから社長業の傍ら、通信教育で中央大学の司法修習過程で学んでいました。その頃、親しくする弁護士さんも現れ、時々飲みながら交流していたのです。弁護士バッチをつける法曹の人々も、父と会う時はバッチを外して心を開いたと父は言っていました。さらに「法律家というのは、頭が良すぎるせいか、変わっている」と言うのですが、自分もまた相手からそのように言われると話し、私の白い目にも気づかず、よく笑っていたものでした。
弁護士さんもすでにお亡くなりになり、父はきっと法律について語り合える知己を失って心淋しく暮らしたこともあったでしょう。その弁護士さんに一度だけ私も会ったことがあり、よく覚えています。あれは、父と弁護士さんがなじみのスナックに行くというので、ついていったときのことです。ここには書けませんが、・・・笑ってしまいます。
もし父が生きていたなら、「根菜屋」さんに一緒に行ってみたかった。お世話になった弁護士さんのご子息と会って、きっと喜んだに違いありません。でも夢は叶いませんでした。ですから、私が父の分もと思い、お店を探して行ってみたのです。暖簾をくぐると、常連と思われるお客様がカウンターやテーブル席で楽しそうにすごし、新しく入ってきた私に一斉に顔を向けましたが、表情を変えることもなく、くつろいでいました。その様子をみて、すぐに<良いお店>だと分かりました。
私はカウンターに座り、お店の看板メニューである「おでん」を注文しました。上品で美味しくて、一つ一つが丁寧に作られています。あまりの美味しさに顔がほころびます。
盛岡と沖縄出身のご夫妻で切り盛りする「根菜屋」さんには、沖縄料理も用意されています。近頃、「沖縄返還密約事件」を学んで沖縄に目が向いている私は、「沖縄そば」というものを頼んでみました。これもまた、美味しいお出しの効いたおそばでした!沖縄の唐辛子(コーレーグースー)を入れて、より美味しくいただきました。
あまりにも素敵なお店なので、本当は宣伝したくありません。混んで入れなくなったら、大変ですからね。(笑)
でもこのブログを見てくださる方は、良い方たちが多いと(根拠なく)信じているものですから、ぜひ宣伝させていただきたいと思います。
本当にすべてが美味しくて、素晴らしいです。
お酒が飲める人、飲めない人も盛岡駅のそばに来ることがありましたら、ぜひお立ち寄りください。私も今度は知人を誘って、またぜひ行きたいと思っています。
<根菜屋さんのブログ>
http://blog.canpan.info/iwatenosyoku/
盛岡劇場「井上ひさしREMIX」 [ART]
岩手県立大学で担当している「生活と女性史」の授業も終盤です。今日は成績評価用の課題レポートの提出日としていましたが、全員が期日を守り、力作を出してくれました。次週は口頭発表。彼女たちが選び、書いたこと、話すこと、すべてを楽しみにしています。
夕方の授業を終えると、ふだんはまっすぐ帰る私ですが、今日は夜遊び?をしてしまいました。 かつての職場で顔見知りになった沢野いずみさんが、お芝居を製作・プロデュースし、盛岡劇場で1月25日、26日、27日の三夜、上演するとご案内くださり、ならばぜひ応援したいと思い、行ってきました。
盛岡劇場は市の中心街から少し外れた八幡町界隈にあります。ここは大昔、遊廓が立ち並び、いまは小さなスナックが路地裏で寂しげに密集する静かな場所です。
夜八時の初演にどこからともなく人が集まり、会場はほぼ満席となっていました。みなさん演劇好きの方たちなのでしょう。演劇と無縁の私は、この非日常の人と空間の中に漂う新鮮な雰囲気を、しばし楽しむことにしました。
故・作家の井上ひさしさんを追悼する舞台として、4人の出演者が台本を手にしながら、巨大な丸メガネのセットの中で井上ひさしさんが残した言葉をはじけた身振り手振りをつけて朗読し、彼の人生とメッセージを伝える、という1時間の内容でした。
井上ひさしさんの仕事に造詣も興味・関心も薄い私は、失礼ながら、感情移入をして演者たちの思いに浸ることはできないものの、
「志は引き継ぐものを用意する」
という一点だけ、ひしひしと感じました。
しかし、実のところ井上ひさしさんの生死によらず、彼が小説や戯曲やエッセイなどに取り組む物書きであったことを思えば、はじめから彼の仕事とは、常に「受けるもの=引き継ぐもの」を得て存在しえていたのだから、死して極端に価値を増すわけでもないのではないか、と思ったり・・・。すると、もう私のいま、目の前で演じる者たちのチームワークだけが私の心をとらえるのでした。(観客としてはたぶん、失格ですよね?)
舞台もそろそろ終わりになる頃、演者が一列に並び、歌を歌いました。歌詞を見る限り、さほど感動しなかったのに、目の前の演者たちが堂々と顔をあげて熱唱する様子をみていると、感動しました。
「釜石小学校校歌」(作詞:井上ひさし)
いきいき生きる いきいき生きる
ひとりで立って まっすぐ生きる
困ったときは 目を上げて
星を目あてに まっすぐ生きる
息あるうちは いきいき生きる
はっきり話す はっきり話す
びくびくせずに はっきり話す
困ったときは あわてずに
人間について よく考える
考えたなら はっきり話す
しっかりつかむ しっかりつかむ
まことの知恵を しっかりつかむ
困ったときは 手をだして
ともだちの手を しっかりつかむ
手と手をつないで しっかり生きる
勇気づけられる、良い歌でした。
もりげき八時の芝居小屋第120回 Reading Flash2012 井上ひさしREMIX
2012年1月25日(水)~24日(金)20:00開演 全席自由 当日1200円
作:井上ひさし 構成・演出:くらもちひろゆき 出演:大森健一、千葉伴、吉田真琴、くらもちひろゆき、滝沢善子(ピアノ)、吉田やすこ(歌)制作・プロデュース:沢野いずみ
【講演会のご案内】ふくしまの女性と学ぶ原発事故 [New! お知らせ]
東日本大震災は福島第一原発事故を引き起こし、目に見えない脅威に今もおびえて暮らしている人々がこの日本にいます。
福島
同じ東北地方に数えられ、被災県でありながら、岩手と福島はどこか離れているような気がします。ところが福島を離れ、岩手に転居している人は、実際にいるのです。
いつだったでしょう。盛岡市役所の災害対策本部の復興推進部に電話をし、盛岡に避難している福島の人がどれほどいるか確かめたことがあります。
電話口に出た市職員の男性は、あわててデータを調べ、私に教えてくれました。
「10月末現在で、53世帯が避難しています」
「すみません、人数でいうと何人でしょうか」
「139人です。ただし県の借り上げ住宅や市営住宅に住んでいる方ですので、親戚や親子を頼って避難している人の数は調べようがなくわかりません。いずれこの倍近くいると思っています」
あれから、きっと避難者は増えていることでしょう。
さて、このたび、福島在住の女性から震災についてのお話を伺う講座を実施することになりました。現在、参加者を募っています。興味のある方はぜひお越しください。(岩手県男女共同参画センター 電話019・606・1761)
http://www.aiina.jp/danjo/index.html
阪神淡路大震災のひまわり [3.11震災関連]
注文した「東日本大震災復興支援リボンマグネット」が届きました。封を開けると、他にも何かが入っています。
小さな紙を開いてみました。
はるかのひまわり 1995年1月17日朝5時46分、神戸で大きな地震が起こりました。その時小学校6年生のはるかちゃんが亡くなりました。その年の夏、彼女の家にあった場所に大きなひまわりが、たくさん咲きました。その花をみんな『はるかのひまわり』と呼び、その種を取って植え続けているのです。
なんとまあ!思がけない贈り物に驚いてしまいました。この種は、神戸から来たのです。http://www5c.biglobe.ne.jp/~akimitsu/haruka-himawari.htm
阪神淡路大震災から17年。大きな震災を経験している神戸の方たちは、東日本大震災で被災した方たちについても心を向けて、さまざまな活動をしてくださっている。考えてみると、私は阪神淡路大震災のあったときに、一体何をしたでしょう。何もしていなかったように思います。
いまは雪で覆われていますが、私には小さな畑(土地)があります。道行く人たちにもよく目に入る場所です。春になったら、このひまわりの種を植えて、育ててみようかと思います。
被災地のことを忘れないでください [3.11震災関連]
震災から10カ月。まもなく1年が立とうとしています。
忘れないでください、とテレビコマーシャルから流れてくる一言に、私はいつも心が揺さぶられます。「がんばろう」の掛け声より、何百倍も心にピタリと吸い付きます。
久慈市内で購入して以来、自家用車に貼っていた震災支援ステッカーが雪や雨で剥がれてしまい、そのままにしていました。
「三陸を元気に!」
と書かれたそのステッカーは、けして100%気に入るデザインではありませんでしたが、「がんばろう!〇〇」、「絆」、「東北魂」といったものしか店頭にみられない盛岡ではかろうじて手が伸ばせる唯一のステッカーでした。
しかし、これを機にあらためて他にないか、と探してみました。
やはり、全国どこを探しても、思うようなものはありません。
リボンマグネットというものをみつけました。費用は非営利団体の震災復興支援資金に使われるという欧米に学んだチャリティ事業のしかけがされています。悩んだ挙句、日本赤十字社のリボンマグネットに寄付をしました。
リボンマグネットとは http://www.ribbonmagnet.jp/support_our_japan/
残念なのは、「日本がんばれ!!」の表示があることです。みんな、がんばっています!がんばれ、は自分に対して言う分にはいいと思いますが、被災していない支援者が作っているのではないでしょうか。
幸い、このマグネットはハート部分とリボン部分が2つに分かれるようです。ですから、「日本がんばれ!」の箇所を白のペンで上手に消して使みようかな、と(元・美術部員の私は)考えています。
さて、震災復興支援グッズといえば、先日、ある方から宮城県石巻市のグッズをいただきました。とくに、このことについての説明はありませんでした。
みると、株式会社モビーディックによるコインケースと書いてあります。正直、不思議な形をしています。わたしが苦手な「がんばろうシール」もついています。どうも作り手は石巻で被災された方のようです。
それにしても、MOBBY DICK(モビーディック)というのは造語でしょうが、語感からただちにモービー・ディックを私に想起させました。懐かしい記憶が蘇ります。モービー・ディックとは、米国の古典文学で作家メルビルの小説「白鯨」(はくげい)のことです。
考えすぎでしょうか?会社を調べて分かりました。海底をもぐるときに着用するウェットスーツの製作で余ったハギレで作ったコインケースでした。なるほど、そう思って触るとウェットスーツだな、と思います。
ウェットスーツの会社ならば、海に関連している会社です。鯨との出会いで起業されたとHPで触れているも書いていましたから、あながちメルビルの小説は無関係ではないかもしれません。グッズのことが自分なりに理解できました。
しみじみ私は思います。震災復興支援のグッズは、それがどのようなものであれ、モノである限り、単体では言葉を持ちません。人の手から人の手に渡れば、モノの本来のメッセージは消えていくものです。ゆえに、わたしたちは、どんな震災復興支援グッズを身に着けていても、作ることや持つことに満足せず、自分なりの思いや言葉を持って、「伝える」手間暇を惜しんではいけないのです。
言葉の力というものは、震災復興に大きな力となります。
モノに込められたそれを、もっと意識して大事にしたいですね。![]()







